最近話題になっている言葉に「ゲノム編集」があります。
遺伝子を人為的に改変する技術のようですが、遺伝子組換えとはどう違うのかなど、曖昧な部分も多く分かりにくい言葉です。
ゲノム編集に関してはゲノム編集ツールまで販売されており、大掛かりな設備や器具など特に必要なく多少の遺伝学の知識があれば誰でも簡単にゲノム編集が可能な感じさえします。
今日はこの今世紀最大の驚愕すべき技術である「ゲノム編集」にまつわる人類の希望と不安について簡単に分かりやすくまとめてみました。
ゲノム編集とは
ゲノム編集とは、ある種の核酸分解酵素を利用してDNAの中の標的遺伝子をピンポイントに改変する技術のことです。この酵素は2005年以降に発見・開発され、何種類かの技術があります。
大別するとジンクフィンガーヌクレアーゼ (ZFN) やタレン (TALEN)、クリスパー・キャスナイン (CRISPR/Cas9) が有名です。いずれも一種の遺伝子改変技術と理解すると分かりやすいです。
このうちクリスパー・キャスナインが最新の技術であり、その精度と簡便性には定評があり、他を圧倒しています。ゲノム編集のことが騒がれだしたのはこのクリスパー・キャスナインの技術が信頼に足るものであるとの認識が広まったことからかも知れません。
クリスパー・キャスナインが核酸分解酵素になることに気づいたのは2012年のことでした。この技術は発見されてからまだ10年も経っていません。
ちなみに2015年に中国でヒトの受精卵の遺伝子操作をやったのは、このクリスパー・キャスナインのゲノム編集技術によります。その結果世界のひんしゅくを買いました。
その理由は、臨床研究としてもゲノム編集技術は受精卵や生殖細胞に使用するべきでないとの国際的な認識があリ、さらには倫理的な面で十分な議論を尽くしていなかったことによります。
ゲノム編集と遺伝子組換えとの違い
ゲノム編集とは遺伝子組み換え技術が進化したものと考えると分かりやすいです。
これまでの遺伝子組換え技術の場合よりも、ゲノム編集では特定の部位でピンポイントに問題遺伝子の削除、修正が可能であり、更に外因性遺伝子の追加、差し替えなど、高い精度で確実に、且つ簡単に遺伝子操作が可能になります。
そのため当然遺伝子治療への応用が見込まれますが、従来の遺伝子治療とゲノム編集との違いは、従来の遺伝子治療では正常な遺伝子を組み込むことが基本で、ゲノム編集のように遺伝子の中身を書き換えることは困難でした。ゲノム編集では中身の改変までが可能となります。
こうした精密な遺伝子改変技術の著しい進歩は、いわば両刃の剣であり、人類に希望と同時に不安をもたらします。次項ではこの両局面について解説します。
ゲノム編集への希望
ゲノム編集技術を応用することで、将来的に発生するであろう食糧不足の問題を解決し、さらに現在では治療困難な病気に対する治療法の問題を解決する見通しが立ち、人類にとって希望の灯がともります。
■食糧問題の解決策となる
まず食糧問題について、ゲノム編集技術は体細胞だけでなく、生殖細胞や受精卵に対しても改変が可能です。
京都大学と近畿大学の共同研究チームは真鯛の受精卵にゲノム編集技術を施したところ通常の1.5倍の大型の真鯛に成長したそうです。
その仕組みはゲノム編集技術により、筋肉の成長を抑える遺伝子の機能を抑制することで個々の細胞が通常より大きく成長したのだそうです。
こうしたことは魚介類や畜産のみならず、農作物の生産量を増やして食糧需要を満たすためにも応用できます。
例えば通常より大きなキャベツやかぼちゃ、日持ちの良い腐敗しにくいトマト、害虫に強い稲類などの開発がこれまで以上に効率的な生産が可能となります。
問題はその安全性や栄養分、味の善し悪し如何ですが、これについては喫緊の研究課題となります。
■不治の病を根絶できる
次に、ゲノム編集技術は、がんやエイズ、血友病などといった現代の治療困難な病に極めて有力な治療法となる可能性が確実視されており、患者やその家族にとっても大きな希望となっています。
HIVなどのウイルスはヒトの細胞内に入り込んで本来のDNAを書き換えて増殖していきます。
このときにゲノム編集技術によりウイルスが書き換えるDNAをピンポイントに部分的な削除をすることでウイルスの増殖は防げる可能性が出てきます。
このようなゲノム編集技術の活用により様々な不治の病の根絶の可能性が見えてきます。
なお現時点ではヒトの臨床開発中のゲノム編集技術は体細胞の遺伝物質を改変するように作られています。体細胞の遺伝子の改変については、その影響は、その個体一代で終結し、子孫に遺伝形質として伝わることはありません。
ゲノム編集への不安
無闇に受精卵や生殖細胞そのものに改変を行うことは法的に規制しなければなりません。この場合遺伝形質は子孫に伝わるからです。国際的な共通の法整備が望まれます。
ゲノム編集された遺伝子により、形質が遺伝されていく過程で想定外のとんでもない突然変異が起こる可能性があります。
そうした事態に際し対処法が見つからなければ、いったい誰が責任を取るのか、制御不能になった原子力のようにそれこそ人類の滅亡につながるような事態が起こらない保証はどこにもありません。
またこのような技術の応用に法的規制を加えず、野放しに放置すると、いわゆるデザイナー・ベビーの乱立が考えられます。
周囲のすべての人が、知的にも体力的にも容姿的にも、また考え方や感じ方までも皆同じような、聡明で美しい人たちばかりになったら、どのように感じるでしょうか。
遺伝的な多様性を保つことも人類の未来にとって必要なことと思います。
ゲノム編集はあくまでもがんやエイズなど、未だ有効な治療法が確立されていない疾患に対する薬品開発や遺伝に起因する病を避けるために使われるべきと考えます。
ゲノム編集による生殖細胞への使用についての国際的な意思の統一が急がれます。
ゲノム編集に対する各国の法的整備の状況
ドイツやフランス、スウェーデンなどは基本的にゲノム編集の臨床利用を法律で禁止しています。
またアメリカやイギリスではエイズや白血病患者に対してゲノム編集技術により遺伝子を修復する臨床研究が行われてはいますが、アメリカでは受精卵への応用は事実上禁止しています。
日本では2016年、内閣府の生命倫理専門調査会はゲノム編集技術のヒト受精卵への使用を基礎的研究に限って容認するが、臨床利用については認められないという見解です。
ゲノム編集技術は発見されてからそれほど年数も経っておらず、ほんの数年前にクリスパー・キャスナインの技術が開発されてから一気に注目されだした経緯があり、多くの国でヒトの遺伝子操作について明確な法的整備を整えていないのが現状です。
しかし国際的にはゲノム編集技術を受精卵や生殖細胞に使用することを禁止する方向で一致しています。
まとめ
ここ数年の科学技術の進展は著しいものがありますが、人類の知恵は新しい技術を縦横に駆使できるほどには成熟していません。まだまだ幼子のような段階です。
その証拠には、エイズなど対応不能な医療の問題をはじめとして、地球温暖化や環境汚染、核エネルギーの問題など具体的な対応策も無いままに解決されなければならない重要な案件は世界中に山積しています。
この技術は人類に大きな希望をもたらす可能性はあっても未だ初期の段階であり、慢心することなく、有為な技術であればあるほど石橋を叩くような慎重な姿勢で対処しなければなりません。
何が何でも危険性を完璧に排除し、子孫の繁栄に繋がる技術に持ち込むべきと考えます。